夕暮れの空が、紫と橙のあいだで静かに揺れている。
町にはまだ夜が降りきっていない。
瓦屋根は雨に濡れ、遠くの山並みは薄い闇の中へ沈みはじめている。
その屋根の上に、ひとりのくノ一がいた。
黒い装束をまとい、身を低く構え、長い火縄銃の先を静かに向けている。
その姿は、派手な戦場の中心に立つ武者とは違う。
声を上げることもなく、名を誇ることもなく、ただ闇の気配の中で時を待っている。
戦国の時代には、刀だけが強さではなかったのだと思う。
風を読むこと。
町の灯りを読むこと。
敵の動きよりも先に、夜の静けさの変化に気づくこと。
このくノ一の目には、そういうものが映っているように見える。
遠くの城下町には、行灯のような小さな明かりが点々と浮かんでいる。
今の時代の明るすぎる夜景ではなく、人が暮らす分だけの火の明かり。
それがかえって、時代の重さを感じさせる。
屋根の上はきっと冷たい。
濡れた瓦は滑りやすく、風も強い。
けれど彼女は動かない。
狙っているのは、ただひとりの敵なのか。
それとも、これから変わってしまう時代そのものなのか。
火縄の小さな炎だけが、彼女の覚悟を照らしている。
戦国時代の夜には、きっと表に出ない戦いもあった。
名を残す者の裏で、名も残らず消えていった者たちもいた。
この一枚を見ていると、そんな影の物語まで想像してしまう。
美しくて、静かで、少し怖い。
でもその怖さの中に、強さがある。
誰にも知られない場所で、誰にも褒められない任務を背負い、それでも前を見据える強さ。
夜が完全に落ちる前の、ほんの短い時間。
くノ一は屋根の上で息を潜める。
火縄の炎が揺れた瞬間、
城下町の静けさは、ひとつの物語に変わろうとしていた。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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