2026年4月23日木曜日

月光に座すもの――淀殿という静寂のかたち

淀殿という静寂のかたち

夜は、ただ静かだった。
音が消えたわけじゃない。
すべてが、そこにあるのに、何も主張しない。

開かれた障子の向こう、満ちた月がじっとこちらを見ている。
その光は、冷たいはずなのに、どこかやわらかい。
空気の中に溶けて、ゆっくりと、この部屋を満たしていく。

光は直線ではなく、揺れていた。
細く、幾重にも重なりながら、静かに落ちてくる。
見えないはずの空気が、そこだけかすかに姿を持つ。

その中心に、ひとり。

淀殿。

ただ立っているだけなのに、空間の重さが変わる。
すべての視線が、引き寄せられる。

表情は、ほとんど動かない。
怒りも、悲しみも、もうそこにはない。

ただ――
すべてを知ってしまった者の、静けさだけが残っている。

月光が、その顔にだけ、わずかに強く触れる。
透き通る肌は、光を受けて、内側から淡く返す。
人でありながら、人ではないような違和感。

着物は重く、美しい。
深紅と漆黒、そこに宿る金は、誇るためではなく、語るためにある。
時の重みと、選ばれなかった未来を。

袖が、わずかに浮く。
風ではない。
重力さえも、この場所では従っていないだけだ。

彼女は動かない。
けれど、すべてが彼女の周りで動いている。

その視線に触れた瞬間、気づく。
見られているのは、自分ではない。

もっと遠く。
もっと深く。

時間の向こう側まで、見通されている。

だから、目を逸らせない。

ただ静かに、そこに在るだけで。
この空間そのものを、支配している。



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