2026年4月27日月曜日

牛若丸と天狗

牛若丸と天狗

月の光が、
深い森の中に差し込んでいた。

夜の山は静かだった。

鳥の声もなく、
人の気配もなく、
ただ冷たい空気だけが、
木々のあいだを流れている。

その森の中で、
ひとりの少年が足を止めた。

白い衣をまとった牛若丸。

まだ小さな体。
けれど、その目には、
ただの子どもでは終わらない光があった。

牛若丸は、
目の前の大きな木を見上げていた。

そこにいたのは、天狗だった。

太い枝の上に立ち、
黒い翼を広げ、
赤い顔で少年を見下ろしている。

長い白髪と白いひげが、
月明かりに照らされて揺れていた。

その姿は恐ろしい。

けれど、ただ怖いだけではなかった。

山の奥にずっと隠れていた神秘が、
この夜だけ姿を現したようにも見えた。

牛若丸は逃げなかった。

驚きはあった。
恐れもあった。

それでも、
その瞳は天狗から離れない。

天狗もまた、
ただ少年を見下ろしているだけではなかった。

試しているようで、
見定めているようで、
どこか待っていたようにも見えた。

森は静まり返っていた。

月の光。
薄い霧。
苔むした木の枝。

そのすべてが、
この出会いのために用意された舞台のようだった。

牛若丸と天狗。

人の世界に生きる少年と、
人ではない世界に立つ存在。

ふたつの視線が交わった瞬間、
何かが静かに始まった。

それは戦いではない。

けれど、
この先の運命を変えてしまうような、
大切な出会いだった。

牛若丸はまだ、
自分がどこへ向かうのか知らない。

けれど天狗は、
その少年の中に眠るものを、
すでに見抜いていたのかもしれない。

伝説は、
大きな音を立てて始まるとは限らない。

深い森の中で、
月明かりに照らされながら、
誰にも知られず始まることもある。

牛若丸が天狗を見上げた夜。

それは、
少年がただの少年ではなくなっていく、
静かな始まりの場面だった。



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